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第四章 ドレスの魔法 第四話

作者: 夏目若葉
last update 最終更新日: 2025-04-04 08:59:09

 次の日。

 私は呼び出されるままに、午後から最上梨子デザイン事務所を訪れた。

 パーティの件も気になるけれど、ブライダルドレスのデザインの進捗状況のほうも気になる。

 ……うちの仕事、ちゃんとやってくれているのだろうか。

「お疲れ様です」

「朝日奈さん、こっちこっち!」

 私がペコリと頭を下げるも、挨拶すら割愛するわがままっ子様。

 なぜか今日もテンションが高そうな笑顔で手招きしている。

 ダメだ。早くも向こうのペースに飲み込まれそう。

「こっちだってば! 早く!」

「み、宮田さん! ちょっと待ってください!」

 なかなか歩を進めようとしない私に業を煮やし、宮田さんが私の左手を掴んで強引に引っ張っていく。

 たまたま事務所内にほかの人はいなかったけれど、 強引に引きずられて歩く私は他人からみたらどんなに滑稽だろうか。

 どうしてこんなに焦って歩くのかわからない。

 だいたい、身長差があるから歩幅だって違うのだ。

 そこのところを、わかっていただきたい。

 というか、ちょっと待ってと言っているのに無視ですか?!

 ずるずる、どたどた、という擬音がピッタリの引きずられようで歩くと、すぐにいつものアトリエ部屋が見えてきた。

 なんだ、いつもの部屋じゃない。

 そう思っていたのに、宮田さんはアトリエ部屋ではなく右隣の部屋の前で立ち止まって、ポケットから鍵を取り出してガチャリと錠を開ける。

 そこはもちろん、私は入ったことがない部屋だ。

 しかもしっかりと施錠してあったということは、普段はほかのスタッフも立ち入りを禁止されているのだろう。

 「どうぞ」

 扉を開け、電気をつけて中へ入っていく宮田さんに続いて、私もその部屋へ足を踏み入れる。

 「うわぁ、すごい!」

 部屋に一歩入った瞬間、驚きと感動で感嘆の声しかあげられなかった。

 だってそこにはドレスやトップスやスカートや……目を見張るような衣装の数々がたくさん揃っていて。

 ――― 最上梨子の世界、そのものが詰まっていた。

 普段の喋り方やわがままぶりを見ていると、この人は本当に最上梨子なのかな?と、疑ってしまいそうになる時があったけれど。

 紛れもなく、本物だった。

 これはすべて、彼が一から生み出したもの。

 最上梨子らしいデザインに、繊細な色使い。

 どれもじっと見入ってしま
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    「僕と朝日奈さんの感覚が同じで、良かったよ」 目の前の彼は、あっけらかんとそう言って笑うけれど。  また振り出しに戻ったのかと思うと、私は苦笑いしか返せなかった。「そんな顔しないでよ。 なんとなく頭でイメージが沸いたからといって、実際にデザイン画に描きおこしてみたらどうも違う……なんてことはよくあるんだから」 「そうですよね」 私だって、ピンと頭に思いついた企画や立案をいざ書面にしてみると何かがうまくいかなかったり。  自分ではそのときは良い案だと思ったのに、少し時間が経って冷静になるとそうでもなかったり。  私の仕事ですらそういうことがあるのだから、宮田さんの言っていることは、デザインに素人である私でもわかる。「やっぱりさ、今着てるそのドレスを初めて見たときみたいに、朝日奈さんをパーっと素敵な笑顔にするデザインを描かなきゃね」 そう言われて思い出した。 私が今、オフィスで仕事をする格好ではないことを。「着替えてきます」 「えー、もう着替えちゃうの?」 咄嗟にまた手首を掴まれたけれど、それを振り切ろうと思った時だった ―――「ちょっと! これどういうことなの?!」 入り口のドアがノックもなしにいきなりバーンと開け放たれ、そのセリフと共にメモ紙のようなものを持った女性が部屋の中に入ってきた。  彼女はその紙片を見つめていたため、一瞬私に気づくのが遅れたようだ。  顔を上げて正面を向くと、視界に私を捉えて驚いて歩みを止めた。  濃いグレーのビジネススーツをきちんと着こなしていて、ナチュラルメイクで髪は航空会社のCAのように上品にさりげなくすっきりと後ろでまとめている。  目元がキリっとしていてキャリアウーマンという印象だ。  その女性が、鳩が豆鉄砲をくらったように、目と口をあんぐりと開けて驚きを隠せないでいる。 「……操(みさお)」 宮田さんがボソリとそう呟いて、あきれたように溜め息を吐いた。 一体、この女性は誰なのだろうか。  こんな風に部屋に入ってくるのだからただの事務スタッフではない。  宮田さんは、自分を最上梨子だと知っている人しか、この部屋には基本的に入れないはずだから。  なのでここに出入りできる人間は、本当に限られていると思う。  そして彼女は、宮田さんに対してタメ口なのだ。  ということは、相当親

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十一話

     水族館の水槽の水泡が綺麗だ、って言ってたくらいで、全然進んでる様子じゃなかったのに。  描いてくれたのだと思うとものすごくうれしくて。  どんなドレスなのだろうとワクワクして。  そのデザイン画を、自分が誰よりも早く見られることによろこびを感じた。「こっち来て?」 宮田さんがいつもの黒いソファーとガラステーブルではなく、奥にある仕事用のデスクのほうへ手招きする。  デスクの周りにいろんなものが乱雑に置かれているそこの椅子へ、ドカっと腰をおろした彼の隣に私は所在なさげにそっと立った。  そして彼はデスクの左側の一番下の引き出しから一枚の紙を取り出して、私にサッと手渡す。「これなんだけど」 見せられたその紙には、最上梨子らしい綺麗なドレスのデザイン画があった。  パステルで軽く色づけまでされている。「これって、例の水泡のイメージですか?」 「うん、そう」 青ではなく、綺麗な水色をベースに水泡のイメージを白のレースで形作られているデザインだ。「どうかな?」 「素敵です。綺麗なドレスになりそう」 腰から下のスカート部分が流れるように滑らかなラインで、特に綺麗。  正直にそう思ったから答えたのだけど、産みの親である宮田さんはなぜか苦笑いだ。「朝日奈さん、これに点数つけるなら何点?」 突如そんな質問が飛んできたから答えに困ってそこで会話が途切れた。  いきなり点数をつけろと言われても……。  ……90点くらい?  それじゃあ、あと10点何が足りない? と聞かれそうだ。「うん、わかった」 「え? なにがわかったんですか?」 私がそう尋ねても、彼は言葉を発せずいつも通りニコリと笑うだけだ。  机の上にあったペン立てから適当にペンを手に取り、あろうことかそのデザイン画の上から、乱暴に塗りつぶすようにしてグリグリとペンを走らせた。「あーーーー!! 何してるんですか!」 それを見て、私がそう叫んだのは言うまでもない。「これ、気に入らなかったでしょ?」 私が点数を訊かれて、躊躇ったから?  間髪入れず、100点!って言っておけばよかったのかな。  あぁ、せっかく出来た素敵なデザインだったのに……もうボツなのかな。「いえ、このデザイン素敵ですよ」 「ウソ。気をつかわなくていいよ。僕はこれは60点」 「へ?」 「たとえ

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十話

    「えっと……あとは髪とメイクかな」 つかつかと歩み寄ってきて、なにをするのかと思えば長い腕を私の後頭部に回し、私が後ろで一纏めにしていた髪留めをスルリとはずしてしまった。  私の長い髪が突然自由になって、頬に自分の髪が当たる。「……髪、当日は緩く巻こう」 そう言って全体を見ながらも、下から少し持ち上げるように髪を触られると、変に意識してしまってドキドキする。「仕事でよくお世話になってる美容師さんに予約を入れとくから。当日その人の美容室で綺麗にしてもらおっか」 もちろん僕もついていくよ、なんてニッコリ笑顔で言われたら、こちらももううなずくしかできない。  やっぱりこの人は、この道のプロで。  仕事の関係上、美容師さんやショップのあちこちに知り合いや友達がいて。  ちゃんと、デザイナーなのだと痛感させられた。  しかも私が大好きな、最上梨子だ ―――「あの…いろいろありがとうございます。では私、着替えてきますね」 試着を終え、再び元着ていたスーツに着替えようと宮田さんに背を向けたとき、そっと手首を掴まれた。「ちょっと待って」 まだ、何かあるのだろうか?  ドレスに装飾品、バッグ、靴、ヘアスタイル……あと何が残ってる?  考え込む私をよそに、次の瞬間、彼の口から驚く言葉が言い放たれた。「せっかくだから、もうちょっとその格好でいたら?」 「……は?」 なにを言ってるんだろう?と、自然と私の眉根が寄る。「いや、あの……仕事の話をこれからしようと思ってましたので着替えます」 咄嗟にそうは言ったが、例え仕事の話がなかったとしても、私がこのドレス姿でしばらくすごす意味がわからない。  普通は着替えるに決まっているのに。  やっぱり、この人の考えていることはわからない。  もし頭の中を開けて見ることができるのなら、その思考回路が正常かどうか確認したい。「仕事の話は、その格好でも出来るでしょ」 「え?!」 「じゃ、行こう!」 「わっ!」 反論する暇もなく宮田さんが私の手を引いて入り口のドアを開け、隣のアトリエ部屋へと強引に移動する。  今回は近い距離だったけれど、再び引きずられて歩く形になった。  だから……そうやって勝手に手を引っ張っていくのはやめていただきたい。「私、さっきの部屋にバッグを置いてきちゃいましたよ!」

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第九話

    「どういう意味ですか?」 「だって……このドレスもネックレスも、朝日奈さんしか着ないし付けない。ほかの人間は誰であっても、これを身につけるのは僕が許さないから」 もう恒例のごとく、やっぱり会話はかみ合わない。  なんと言葉を返していいものかと、一瞬間があいた。「だから預かっといてあげる。ここに置いといて、朝日奈さんの気が向いたときに着ればいいから」 そう言われても、私みたいな一般人がドレスを着る機会なんて滅多にない。  そんな考えが頭に浮かんだものの実際に言葉にするのはやめておいた。  さすがにそこまで言うと、かわいげがない気がして。「バッグはこれかな。あ、それは僕のデザインじゃないけど」 宮田さんが今度はバッグをおもむろに選んで、ポンと私に手渡す。  ラインストーンのついた、アイボリーのクラッチバッグだ。「足は何センチ?」 「二十三センチ……です」 「あー、さすがに靴はサイズが合わないな」 しゃがんで靴の置いてある棚を物色しながら、残念そうに宮田さんがつぶやいた。  棚の靴はディスプレイ用なのか、全部新品みたいだ。  なんでもいいのなら、二十三センチの靴はありそうだけれど。  このドレスに合うもので、と彼が見当をつけた靴は、どうやらサイズが違っていたようだ。「靴は用意しておくよ」 用意しておくって……「どこかで購入するんですか?」 「うん」 「それなら私が買いに行きますから」 「それはダメだよ。僕が選ぶ」 そう即答された上、絶対にそれは譲らないという決意のようなものが伝わってきた。  たしかに、宮田さん……いや、最上梨子に選んでもらったほうがドレスにピッタリの靴を探し出してくれると思う。「じゃあ、後で代金を請求してください」 「朝日奈さんに? それもダメ。心配しなくても友達の店に頼むから、普通より割り引いてもらえるし」 いくら友達のお店で買うと言っても、代金は少なからず発生するのだ。  さすがにそこまでしてもらうのは、申し訳がなさすぎる。  ドレスやネックレスやバッグを貸してもらうだけで十分感謝しているのに、さらに私のために靴を買うだなんてとんでもない。「ダメですよ。それはさすがに悪いですから!」 手をブンブンと横に振りながら、慌ててそれを止めようとした。「好きな女の子に靴をプレゼントするだけ。な

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第八話

     急にくるりと身体を反転させられたと思えば、後ろから宮田さんの長い腕が伸びてきた。  煌びやかなネックレスが、鎖骨あたりにひんやりと当たる。  チェーンの部分にまでところどころダイヤがあしらわれていて、螺旋のデザインにしてあるため、すごく全体的に重厚感がある。  中央の胸元部分はさらに豪華に二連にしてあり、まるでお姫様がつけるネックレスみたいだ。  金具を首の後ろで留めてくれた宮田さんが、再び私の身体を反転させて正面から見つめた。「朝日奈さんの肌に、よく合ってるね」 私に合ってるかどうかは自分ではわからないけれど。  傍にあった鏡を見ると、ドレスとネックレスが見事にマッチしていた。  ドレスだけだと胸元が寂しい感じだったが、このネックレスをつけると相乗効果でどちらも輝きが増した気がするから不思議だ。 やっぱりこのセンス ―――  最上梨子は天才だな、なんて思うと、自然と頬が綻んで笑顔になった。「気に入ったなら、そのネックレス、あげるよ」 「え?! こんな高いものは貰えません」 なにを仰ってるんですか。  プラチナとダイヤで出来ているネックレスを、そんなに簡単にもらえないです。  しかもダイヤ、いくつ付いてると思ってるんですか!「それ、ダイヤが全部小粒だから、そんなに高くないよ」 「いや、でもダメです。絶対もらえません!」 私がそう言うと、宮田さんは残念そうに肩を落とした。「もしかして気に入らなかった? だとしたら、それも僕がデザインしたからちょっとショックだな」 「えぇ?! これもですか?」 着けているネックレスにそっと触れ、驚きながら鏡に映るそれを凝視する。「そう。遊びで作ったものだけど」 「遊び?」 「うん。昔、ジュエリーのデザインもしてみないかって話があったとき、試しに作ってみたんだ」 あらためて……この人はすごいんだと認識した。  今まで、わけのわからないことを言われたからといって、足蹴にしたりしてごめんなさいと心の中で懺悔する。 彼は今、『遊びで作った』って言った。だから全然本気を出していないってことだ。「オファーされたものとはイメージが違ったんだけど、僕はこのデザインが気に入ってね。実物を1つでいいから作っときたかったんだ」 たしかにこれは、デザイン画のまま埋もれさせてしまうのは、もったいない気

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