「好きなの、着てみていいよ」 手垢をつけてしまったらどうしようと、触ることすら臆するのに。 私が着るなんて、おこがましすぎる。「どれも……綺麗ですね」 最上梨子が作るものは、とにかく綺麗で美しい。 デザインを司っている全体的なラインも、バランスが絶妙だし… 特に、流れるような曲線と、それを活かす色使いと装飾。 ――― まさに芸術作品。「あのあたりに置いてるのは、全部ドレスだから。って……ただ見てないで、手に取ってみればいいのに」 そっと手を引かれて、ドレスがたくさん掛けられているコーナーへ連れて行かれる。 宮田さんが適当にドレスを選んで、勝手に私の顔の前に当ててみたりして。「ちょ、ちょっと待ってください。まさか、私がパーティに着ていくドレスをこの中から選ぼうとしてますか?」 「うん、もちろん。僕のところにはドレスがたくさんあるって言ったでしょ。なにか不服かな?」 「いや、不服っていうか……」 ここにある服はすべて、すごく貴重なものばかりなんじゃないのかな。 だから私がすんなりと袖を通していいものじゃない。「私にはもったいないですよ。一点ものとかあるんじゃないんですか?」 この世に一着しかないような、貴重なドレスもきっとあるのだと思う。 だってこんなにたくさんの最上梨子作品が並んでいるのだから。 そうだとしたら、私がそんな芸術作品を汚すような真似はできない。「一点もの? たしかにあるな。試作まで作ったはいいけど、ボツになったやつとかね。なんとなく……そういうのも処分できなくて、全部ここに置いてるんだ」 ほら。やっぱりそう。 そんなものに、私ごときが袖を通すなんて……。「でもさ、全然もったいなくないよ。朝日奈さんがパーティで着てくれるなら、逆にドレスも嬉しいんじゃないかな」 だって、やっと陽の目が当たるんだよ?って、宮田さんが綺麗な顔してうれしそうに笑う。 そういうものなのかな。 作られたはいいけど、お披露目されずにずっとこの部屋にしまわれているドレスなんかは、たしかにかわいそうだ。「いや、でも……どれも小さくて、私には入らないんじゃないかと」 もうひとつ別の意味で問題がある。 私の身長は女子の平均くらいだ。だけど体重は……間違ってもモデルみたいに細くない。
「スリーサイズは?」 「…は?」 一瞬ポカンとした私をよそに、目の前の男がニヤリと微笑む。 そう、いつものニコニコ笑顔じゃなくて、確信めいた“ニヤリ”とした顔だ。 今絶対、私が嫌がることをわざと聞いているに違いない。「言いたくない?」 「自慢できるようなサイズじゃありませんので」 本来なら、自分の着るドレスを探してくれているのだから身体のサイズを尋ねられたら答えるのは当然だけれど。 ナイスバディではないし、恥ずかしくてそんなの言えるわけがない。 そんなふうに考えていたらちょっとかわいげのない言い方になってしまった。「じっとしててよ?」 すると宮田さんは真面目な顔をして、私の正面から両肩をガッシリと掴んだ。 なにをされるのだろうと身構えていると、彼の視線が私の肩から胸元へ自然と下りていく。 どこを見てるんですか!と、抗議の声をあげようとしたとき、両肩を掴んでいた彼の手が私の両腕をするりと通過して、今度はウエストを瞬時に捕らえた。「ひゃっ!…」 その行動に驚いて、思わず悲鳴めいた声をあげる。 なにをするのかと咄嗟に顔を上げると、彼は綺麗な顔で微笑んでいた。 最近、この人はやっぱりイケメンの類なのだと、あらためて気づき始めてしまった。 今の笑顔だって、すごくやさしさを帯びている。 ウエストに触れられている大きな手は、ゴツゴツと骨ばっているし、否応なしに男らしさを感じてしまって……。 そんなことを意識してるがゆえに、胸が高鳴って仕方ない。 この心臓の音が彼に聞こえないように祈ろう。 「ごめんね。勝手にサイズ測っちゃった」 私の意識が集中していたウエストに置かれた手は、その言葉と同時に自然と離れていく。 恥ずかしくて、何気なくそっと視線を逸らせて俯いた。 たぶん今、確実に顔が赤いと思う。 というか、肩や腰を触っただけでこの人はサイズがわかってしまうのだからすごい。「スタイル、いいんだね」 「……」 いつも超絶スタイルのモデルさんを見たりしているくせに。 そういうのを世の中では“お世辞”と言うのだと教えてあげたい。「ちょうどいいのがあるよ。朝日奈さんにピッタリだと思うんだけど」 そう言って宮田さんはどこからかドレスを一着持って来て、私の目の前に差し出した。「うわぁ、素敵ですねー!」
綺麗なドレスを私なんかが試着してしまうことへの罪悪感と、気恥ずかしさ…… だけど一方で、滅多に着ないドレスを試着できることへのうれしさ。 いろんな感情がめまぐるしくグルグルと胸の中で渦を巻く。 というか、サイズ、小さくて入らなかったらどうしよう。公開処刑だ。 そう思いながら、渡されたドレスを近くの鏡に向かって胸の前に当ててみた。 やっぱり綺麗だ。見ているだけで、自然と笑顔になってしまうくらい素敵。 あの人がこのドレスのデザインをしたのだと思うと、すごく不思議な感じがする反面、尊敬してしまう。 そして私の心配をよそに、宮田さんの計測がバッチリだったのか、そのドレスはなんとか私の体型でも入った。「あのぅ……どうでしょう?」 おそるおそる、ドレスを身に纏った状態で元居た場所へ戻ってみるけれど。 宮田さんの反応が怖い。まるで合否判定を受けるような気分だ。 『思った感じと違うね、ダメだ。似合わない。』 そう言われる覚悟も決めておかないとショックを受けそうだと思い、緊張しながらも身構えた。「やっぱり。……似合うと思った」 遠目に私を見つけた彼が、腕組みをしながらしばし固まった後、満面の笑みを見せる。「あのぅ、裾……短くないですか? 自分の脚がすっごく気になります」 そのドレスは上半身がノースリーブ、スカートはAラインの形になっている。 胸の下の切り替えと肩の部分の生地が同じで、薔薇をモチーフにした装飾が付いている。 色は上品な赤だ。だけど強調しすぎないように、上から黒の薄いオーガンジーのようなシースルー生地で覆われている。 黒いベールを被って透けて見える赤が、なんとも言えず綺麗だ。 だけど、私にはスカート丈が短すぎるような気がする。 普段私があまり短いスカートを履かないから、慣れないだけかもしれないけれど。「大丈夫だよ。全然短くないって。それに綺麗な脚をしてるんだから出そうよ!」 いやいや、出そうって簡単に言われても。 こんな大根脚、出しちゃっていいんだろうか。 気にしながらもぞもぞと動く私を見て、宮田さんがやさしい笑みを浮かべる。 遠目から見ていた宮田さんが私に近づいてきて、おもむろに私の胸元になにかを当てた。「うん、これだな」 そう言って差し出されたのは、ダイヤがたくさん散りばめられた
急にくるりと身体を反転させられたと思えば、後ろから宮田さんの長い腕が伸びてきた。 煌びやかなネックレスが、鎖骨あたりにひんやりと当たる。 チェーンの部分にまでところどころダイヤがあしらわれていて、螺旋のデザインにしてあるため、すごく全体的に重厚感がある。 中央の胸元部分はさらに豪華に二連にしてあり、まるでお姫様がつけるネックレスみたいだ。 金具を首の後ろで留めてくれた宮田さんが、再び私の身体を反転させて正面から見つめた。「朝日奈さんの肌に、よく合ってるね」 私に合ってるかどうかは自分ではわからないけれど。 傍にあった鏡を見ると、ドレスとネックレスが見事にマッチしていた。 ドレスだけだと胸元が寂しい感じだったが、このネックレスをつけると相乗効果でどちらも輝きが増した気がするから不思議だ。 やっぱりこのセンス ――― 最上梨子は天才だな、なんて思うと、自然と頬が綻んで笑顔になった。「気に入ったなら、そのネックレス、あげるよ」 「え?! こんな高いものは貰えません」 なにを仰ってるんですか。 プラチナとダイヤで出来ているネックレスを、そんなに簡単にもらえないです。 しかもダイヤ、いくつ付いてると思ってるんですか!「それ、ダイヤが全部小粒だから、そんなに高くないよ」 「いや、でもダメです。絶対もらえません!」 私がそう言うと、宮田さんは残念そうに肩を落とした。「もしかして気に入らなかった? だとしたら、それも僕がデザインしたからちょっとショックだな」 「えぇ?! これもですか?」 着けているネックレスにそっと触れ、驚きながら鏡に映るそれを凝視する。「そう。遊びで作ったものだけど」 「遊び?」 「うん。昔、ジュエリーのデザインもしてみないかって話があったとき、試しに作ってみたんだ」 あらためて……この人はすごいんだと認識した。 今まで、わけのわからないことを言われたからといって、足蹴にしたりしてごめんなさいと心の中で懺悔する。 彼は今、『遊びで作った』って言った。だから全然本気を出していないってことだ。「オファーされたものとはイメージが違ったんだけど、僕はこのデザインが気に入ってね。実物を1つでいいから作っときたかったんだ」 たしかにこれは、デザイン画のまま埋もれさせてしまうのは、もったいない気
「どういう意味ですか?」 「だって……このドレスもネックレスも、朝日奈さんしか着ないし付けない。ほかの人間は誰であっても、これを身につけるのは僕が許さないから」 もう恒例のごとく、やっぱり会話はかみ合わない。 なんと言葉を返していいものかと、一瞬間があいた。「だから預かっといてあげる。ここに置いといて、朝日奈さんの気が向いたときに着ればいいから」 そう言われても、私みたいな一般人がドレスを着る機会なんて滅多にない。 そんな考えが頭に浮かんだものの実際に言葉にするのはやめておいた。 さすがにそこまで言うと、かわいげがない気がして。「バッグはこれかな。あ、それは僕のデザインじゃないけど」 宮田さんが今度はバッグをおもむろに選んで、ポンと私に手渡す。 ラインストーンのついた、アイボリーのクラッチバッグだ。「足は何センチ?」 「二十三センチ……です」 「あー、さすがに靴はサイズが合わないな」 しゃがんで靴の置いてある棚を物色しながら、残念そうに宮田さんがつぶやいた。 棚の靴はディスプレイ用なのか、全部新品みたいだ。 なんでもいいのなら、二十三センチの靴はありそうだけれど。 このドレスに合うもので、と彼が見当をつけた靴は、どうやらサイズが違っていたようだ。「靴は用意しておくよ」 用意しておくって……「どこかで購入するんですか?」 「うん」 「それなら私が買いに行きますから」 「それはダメだよ。僕が選ぶ」 そう即答された上、絶対にそれは譲らないという決意のようなものが伝わってきた。 たしかに、宮田さん……いや、最上梨子に選んでもらったほうがドレスにピッタリの靴を探し出してくれると思う。「じゃあ、後で代金を請求してください」 「朝日奈さんに? それもダメ。心配しなくても友達の店に頼むから、普通より割り引いてもらえるし」 いくら友達のお店で買うと言っても、代金は少なからず発生するのだ。 さすがにそこまでしてもらうのは、申し訳がなさすぎる。 ドレスやネックレスやバッグを貸してもらうだけで十分感謝しているのに、さらに私のために靴を買うだなんてとんでもない。「ダメですよ。それはさすがに悪いですから!」 手をブンブンと横に振りながら、慌ててそれを止めようとした。「好きな女の子に靴をプレゼントするだけ。な
「えっと……あとは髪とメイクかな」 つかつかと歩み寄ってきて、なにをするのかと思えば長い腕を私の後頭部に回し、私が後ろで一纏めにしていた髪留めをスルリとはずしてしまった。 私の長い髪が突然自由になって、頬に自分の髪が当たる。「……髪、当日は緩く巻こう」 そう言って全体を見ながらも、下から少し持ち上げるように髪を触られると、変に意識してしまってドキドキする。「仕事でよくお世話になってる美容師さんに予約を入れとくから。当日その人の美容室で綺麗にしてもらおっか」 もちろん僕もついていくよ、なんてニッコリ笑顔で言われたら、こちらももううなずくしかできない。 やっぱりこの人は、この道のプロで。 仕事の関係上、美容師さんやショップのあちこちに知り合いや友達がいて。 ちゃんと、デザイナーなのだと痛感させられた。 しかも私が大好きな、最上梨子だ ―――「あの…いろいろありがとうございます。では私、着替えてきますね」 試着を終え、再び元着ていたスーツに着替えようと宮田さんに背を向けたとき、そっと手首を掴まれた。「ちょっと待って」 まだ、何かあるのだろうか? ドレスに装飾品、バッグ、靴、ヘアスタイル……あと何が残ってる? 考え込む私をよそに、次の瞬間、彼の口から驚く言葉が言い放たれた。「せっかくだから、もうちょっとその格好でいたら?」 「……は?」 なにを言ってるんだろう?と、自然と私の眉根が寄る。「いや、あの……仕事の話をこれからしようと思ってましたので着替えます」 咄嗟にそうは言ったが、例え仕事の話がなかったとしても、私がこのドレス姿でしばらくすごす意味がわからない。 普通は着替えるに決まっているのに。 やっぱり、この人の考えていることはわからない。 もし頭の中を開けて見ることができるのなら、その思考回路が正常かどうか確認したい。「仕事の話は、その格好でも出来るでしょ」 「え?!」 「じゃ、行こう!」 「わっ!」 反論する暇もなく宮田さんが私の手を引いて入り口のドアを開け、隣のアトリエ部屋へと強引に移動する。 今回は近い距離だったけれど、再び引きずられて歩く形になった。 だから……そうやって勝手に手を引っ張っていくのはやめていただきたい。「私、さっきの部屋にバッグを置いてきちゃいましたよ!」
水族館の水槽の水泡が綺麗だ、って言ってたくらいで、全然進んでる様子じゃなかったのに。 描いてくれたのだと思うとものすごくうれしくて。 どんなドレスなのだろうとワクワクして。 そのデザイン画を、自分が誰よりも早く見られることによろこびを感じた。「こっち来て?」 宮田さんがいつもの黒いソファーとガラステーブルではなく、奥にある仕事用のデスクのほうへ手招きする。 デスクの周りにいろんなものが乱雑に置かれているそこの椅子へ、ドカっと腰をおろした彼の隣に私は所在なさげにそっと立った。 そして彼はデスクの左側の一番下の引き出しから一枚の紙を取り出して、私にサッと手渡す。「これなんだけど」 見せられたその紙には、最上梨子らしい綺麗なドレスのデザイン画があった。 パステルで軽く色づけまでされている。「これって、例の水泡のイメージですか?」 「うん、そう」 青ではなく、綺麗な水色をベースに水泡のイメージを白のレースで形作られているデザインだ。「どうかな?」 「素敵です。綺麗なドレスになりそう」 腰から下のスカート部分が流れるように滑らかなラインで、特に綺麗。 正直にそう思ったから答えたのだけど、産みの親である宮田さんはなぜか苦笑いだ。「朝日奈さん、これに点数つけるなら何点?」 突如そんな質問が飛んできたから答えに困ってそこで会話が途切れた。 いきなり点数をつけろと言われても……。 ……90点くらい? それじゃあ、あと10点何が足りない? と聞かれそうだ。「うん、わかった」 「え? なにがわかったんですか?」 私がそう尋ねても、彼は言葉を発せずいつも通りニコリと笑うだけだ。 机の上にあったペン立てから適当にペンを手に取り、あろうことかそのデザイン画の上から、乱暴に塗りつぶすようにしてグリグリとペンを走らせた。「あーーーー!! 何してるんですか!」 それを見て、私がそう叫んだのは言うまでもない。「これ、気に入らなかったでしょ?」 私が点数を訊かれて、躊躇ったから? 間髪入れず、100点!って言っておけばよかったのかな。 あぁ、せっかく出来た素敵なデザインだったのに……もうボツなのかな。「いえ、このデザイン素敵ですよ」 「ウソ。気をつかわなくていいよ。僕はこれは60点」 「へ?」 「たとえ
「僕と朝日奈さんの感覚が同じで、良かったよ」 目の前の彼は、あっけらかんとそう言って笑うけれど。 また振り出しに戻ったのかと思うと、私は苦笑いしか返せなかった。「そんな顔しないでよ。 なんとなく頭でイメージが沸いたからといって、実際にデザイン画に描きおこしてみたらどうも違う……なんてことはよくあるんだから」 「そうですよね」 私だって、ピンと頭に思いついた企画や立案をいざ書面にしてみると何かがうまくいかなかったり。 自分ではそのときは良い案だと思ったのに、少し時間が経って冷静になるとそうでもなかったり。 私の仕事ですらそういうことがあるのだから、宮田さんの言っていることは、デザインに素人である私でもわかる。「やっぱりさ、今着てるそのドレスを初めて見たときみたいに、朝日奈さんをパーっと素敵な笑顔にするデザインを描かなきゃね」 そう言われて思い出した。 私が今、オフィスで仕事をする格好ではないことを。「着替えてきます」 「えー、もう着替えちゃうの?」 咄嗟にまた手首を掴まれたけれど、それを振り切ろうと思った時だった ―――「ちょっと! これどういうことなの?!」 入り口のドアがノックもなしにいきなりバーンと開け放たれ、そのセリフと共にメモ紙のようなものを持った女性が部屋の中に入ってきた。 彼女はその紙片を見つめていたため、一瞬私に気づくのが遅れたようだ。 顔を上げて正面を向くと、視界に私を捉えて驚いて歩みを止めた。 濃いグレーのビジネススーツをきちんと着こなしていて、ナチュラルメイクで髪は航空会社のCAのように上品にさりげなくすっきりと後ろでまとめている。 目元がキリっとしていてキャリアウーマンという印象だ。 その女性が、鳩が豆鉄砲をくらったように、目と口をあんぐりと開けて驚きを隠せないでいる。 「……操(みさお)」 宮田さんがボソリとそう呟いて、あきれたように溜め息を吐いた。 一体、この女性は誰なのだろうか。 こんな風に部屋に入ってくるのだからただの事務スタッフではない。 宮田さんは、自分を最上梨子だと知っている人しか、この部屋には基本的に入れないはずだから。 なのでここに出入りできる人間は、本当に限られていると思う。 そして彼女は、宮田さんに対してタメ口なのだ。 ということは、相当親
「ありがとうございます。宮田さんもすごく素敵ですよ」 少し照れたけれど素直に感想を言うと、当の本人の宮田さんは私以上に照れてしまったみたい。 顔を赤くしたのを私は見逃さなかった。 タクシーを呼んで、二人で美容室へ向かう。 大して事務所から距離は遠くなくてすぐに到着した。 そこはけっこう大きな美容室で、日曜だから来店客で少し混雑している。「マチコさーん!」 受付カウンターの奥にいた女性に、宮田さんが声をかけると、30代後半くらいの女性が振り向いて笑顔を向けてくれた。「宮田くん、待ってたわよ。いらっしゃい」 こんにちは、とお決まりの挨拶を済ませると、宮田さんと私を手招きして美容室の奥にある個室のようなスペースへと案内したこの女性・マチコさんは、ここのオーナーらしい。 私は促されるままに、大きな鏡の前に座らされた。「マチコさん、このドレスに合うようにセットしてね」 「はいはい。最上さんのドレスを台無しにはしませんよ」 「あはは。そこは信じてるけど」 マチコさんは、なんでもテキパキとこなすやり手のオーナーという印象だ。 仕事でお世話になっている美容師だと、宮田さんからは聞いていたけれど、けっこうふたりは親しそうだ。「で、ご希望は?」 「全体を緩くふわふわ~っと巻いて……後は任せる。あ、メイクもね」 「了解」 その会話に私は一切入れず、ただ唖然と聞き入るだけだった。 マチコさんは鏡の中の私ににっこりと微笑むと、私の髪をサラサラといじり始める。「かわいくしてあげるからね。任して!」 「よ、よろしくお願いします」 この人の手で、今から魔法をかけられる…… なんだかそんなふうに感じさせられるほど、マチコさんはカッコいい。「忙しい日曜に、ごめんね」 後ろの椅子に腰掛けて待機している宮田さんが、マチコさんに申し訳なさそうに声をかけた。 美容室の土日は忙しい。 だけど、知り合いである宮田さんの為にマチコさんはわざわざ予約をあけてくれたのだろう。「ほんとだよ。だけど宮田くんの頼みじゃ断れないでしょ。パーティだって?」 「うん。最上さんの代理でね」 「へぇ、いろいろ大変ね」 ――― 今の会話でわかった。 マチコさんは、宮田さんの正体を知らない。 話しぶりからすると親しい間柄のようだし、自分の正体を話して
日曜日。誘われていたパーティ当日になった。 迷ったけれど私はいつものスーツで最上梨子デザイン事務所を訪れた。 どのみちドレスに着替えるのだから律儀にスーツじゃなくてもいいような気がしたけれど、仕事ではないとはいえ、私の中では少し仕事気分だ。「朝日奈さん、今日もスーツなの?」 よっぽどスーツが好きなんだね、って出迎えてくれた宮田さんがケラケラと笑うのは、この際無視だ。 事務所は日曜だから業務は休みで、スタッフはもちろん誰もいない。 照明もあまりついておらず、昼間でも薄っすらと暗い中、宮田さんの後に続いて、この前の衣裳部屋へと入っていく。 パーティは夜からだけど、今日のスケジュールはこうだ。 まずこの衣裳部屋で、ドレスに着替える。 そして、宮田さんが予約してくれている美容室までタクシーで移動。 そこで髪をセットし、メイクをしてもらったら、そこからパーティ会場までまたタクシーで移動、という予定になっている。「靴、用意しといたよ」 部屋に入るなり、満面の笑みで宮田さんが私にパンプスを手渡す。 色は大人しめなシャンパンゴールドで、ピンヒール。 つま先から外側のサイドにかけて、ストーンが上品にあしらわれているデザインだ。 早速履いてみるように言われ、真新しいその綺麗な代物にそっと足を入れてみた。「どう? 足、痛い?」 「いえ。大丈夫です」 「そう、良かった」 「ありがとうございます。素敵な靴を準備していただいて」 お礼を言うと、「どういたしまして」と宮田さんが余裕めかして笑った。「じゃ、僕も隣の部屋で着替えるから、朝日奈さんもドレスに着替えてね」 意気揚々……とでも言うんだろうか。 宮田さんがなんだか楽しそうに、この前試着したドレスを私の両手に乗せて、そのままひらひらと手を振って部屋を出て行った。「入るよー」 コンコンコンと小気味よく扉がノックされ、着替え終わった宮田さんが再度登場する。 私もそのときには着替え終わっていて、自身を鏡で確認しながら大丈夫だろうかと心配していたときだった。「うん。やっぱり似合うな」 宮田さんのその言葉が私の不安を少しばかり軽減してくれる。 似合っているかは自分ではわからないけれど、ドレスと靴は見事にマッチしていた。 そして鏡に向かう私の後ろから、この前もつけ
兄妹の会話が面白くて、思わず少し声に出して笑ってしまった。 だって操さんは冗談のつもりは一切無く、至極真面目にそう言ってる。 今度の日曜にふたりで一緒にパーティに赴く事情を知らない彼女は、彼が理由もなく私に強引にドレスを着せて遊んでいるのだと誤解したらしい。 そうじゃなきゃ、仕事上の関係でしかない私がドレスに着替える必要がないと考えるのは当然だ。 ――― それにしても、ド変態はウケる。「違うんですよ。今度パーティに出席する際に宮田さんにドレスをお借りすることになって、さっき隣で試着してたもので。でもこんな格好でここにいたら驚きましたよね」 今更ながら自分がドレス姿なのが猛烈に恥ずかしくなってきて、赤面しながら操さんに説明すると、事情をわかってくれたようだった。「で? 操はなんの用?」 「なんの用?じゃないわよ。これよ、これ!」 操さんは思い出したようにムッとし、持っていた紙片をピラピラとさせながら、こちらへツカツカと歩み寄ってきた。 私は今がチャンスだと思い、ふたりが話している間に隣の部屋に戻ってスーツに着替えようと、そっとその場を離れる。「入金金額、間違ってるよ! ほら!」 「あれ? そうだったか?」 部屋をそっと出て行くときにふたりのそんな会話が聞こえたから、なにか仕事がらみの話なのかもしれない。 言葉の発し方に真剣さをうかがわせる操さんの様子から、なんとなくそう感じた。 隣の部屋でドレスを脱いで、着て来たスーツに着替え終わると再びアトリエ部屋に戻った。 てっきりまだ操さんがいるものだと思っていたのに、その姿は既になく……。「あれ? 操さん、帰られたんですか?」 「うん。僕が振り込んだ金額が違うとかなんとか喚いて、帰って行ったよ」 ……操さんの用事は短時間で済んだみたいだ。 操さんがまだいるのなら、私は自分の用事も済んだし、挨拶だけして帰ろうと思っていたのに。「操が働いてる会社、海外の輸入雑貨を扱ってるんだ。この前久しぶりに会ったらいろいろ仕入れさせられちゃってさ。で、その代金を振り込んだんだけど金額が間違ってるって、あの剣幕だよ。細かいこと言いすぎだよね」 「いや……全然細かくないですよ。振込み金額が間違っていれば指摘されるのは当たり前です」 至極当然だと私が素で言えば、冗談だよとケラケラと宮田さん
「突然来るなよ」 「だって、携帯に何度電話しても繋がらなかったの」 「あぁ…電話に出られなかったのは悪かったけど、部屋に入るときくらいはノックくらいしろよ」 「それは……ごめんなさい。まさか、客人がいるとは思わなかったから」 そう言って彼女が私のほうに視線を向け、バツ悪そうにごめんなさいと軽く会釈をした。 反射的に私もペコリと頭を下げる。「もしかして……お兄ちゃんの…彼女?」 「お、お兄ちゃん?!!」 彼女から突然飛び出したキーワードに、私は驚いて思わず大きく反応してしまった。 隣に立つ宮田さんが、その声の大きさにクスリと笑う。「妹だよ。誰だと思ったの?」 妹がいることは、以前聞いたような気がする。 自分とはまるっきり違う、真面目な性格なのだとか。 どうやらこの女性が彼の妹らしい。よく見ると、キリっとした目元が宮田さんにそっくりだ。「えっと……妹の操です。兄はちょっと……いや、かなり変わり者なんですけど、純粋なだけで悪気は全然無いので、いろいろとビックリさせたり迷惑をかけたりするかもしれませんが、嫌いにならないでやってください」 完全になにかを誤解した操さんが、もじもじとしながら申し訳なさそうに、私に一気にそう告げて頭を下げる。 しかも、真剣に、一生懸命に。 その姿を見て、兄想いの優しい人だと微笑ましく思った。「……操、なにをお願いしてるんだ?」 「変人過ぎるのが原因で、彼女に愛想をつかされないようにお願いしてるんじゃないの」 「この人は僕の恋人じゃなくて仕事関係の人だよ」 「え?!」 やはり私のことを恋人だと誤解していたようで、キリっとした彼女の瞳が再び大きく見開かれた。「初めまして。リーベ・ブライダルの朝日奈と申します。今回ブライダルドレスのデザインでお世話になっております」 「そう……だったんですか……。うちの兄が、本当に申し訳ありません! 仕事関係の方にそんなドレスまで着させてよろこぶなんて、ド変態極まりないですよね」 「ちょっと待て。誰がド変態だよ!」
「僕と朝日奈さんの感覚が同じで、良かったよ」 目の前の彼は、あっけらかんとそう言って笑うけれど。 また振り出しに戻ったのかと思うと、私は苦笑いしか返せなかった。「そんな顔しないでよ。 なんとなく頭でイメージが沸いたからといって、実際にデザイン画に描きおこしてみたらどうも違う……なんてことはよくあるんだから」 「そうですよね」 私だって、ピンと頭に思いついた企画や立案をいざ書面にしてみると何かがうまくいかなかったり。 自分ではそのときは良い案だと思ったのに、少し時間が経って冷静になるとそうでもなかったり。 私の仕事ですらそういうことがあるのだから、宮田さんの言っていることは、デザインに素人である私でもわかる。「やっぱりさ、今着てるそのドレスを初めて見たときみたいに、朝日奈さんをパーっと素敵な笑顔にするデザインを描かなきゃね」 そう言われて思い出した。 私が今、オフィスで仕事をする格好ではないことを。「着替えてきます」 「えー、もう着替えちゃうの?」 咄嗟にまた手首を掴まれたけれど、それを振り切ろうと思った時だった ―――「ちょっと! これどういうことなの?!」 入り口のドアがノックもなしにいきなりバーンと開け放たれ、そのセリフと共にメモ紙のようなものを持った女性が部屋の中に入ってきた。 彼女はその紙片を見つめていたため、一瞬私に気づくのが遅れたようだ。 顔を上げて正面を向くと、視界に私を捉えて驚いて歩みを止めた。 濃いグレーのビジネススーツをきちんと着こなしていて、ナチュラルメイクで髪は航空会社のCAのように上品にさりげなくすっきりと後ろでまとめている。 目元がキリっとしていてキャリアウーマンという印象だ。 その女性が、鳩が豆鉄砲をくらったように、目と口をあんぐりと開けて驚きを隠せないでいる。 「……操(みさお)」 宮田さんがボソリとそう呟いて、あきれたように溜め息を吐いた。 一体、この女性は誰なのだろうか。 こんな風に部屋に入ってくるのだからただの事務スタッフではない。 宮田さんは、自分を最上梨子だと知っている人しか、この部屋には基本的に入れないはずだから。 なのでここに出入りできる人間は、本当に限られていると思う。 そして彼女は、宮田さんに対してタメ口なのだ。 ということは、相当親
水族館の水槽の水泡が綺麗だ、って言ってたくらいで、全然進んでる様子じゃなかったのに。 描いてくれたのだと思うとものすごくうれしくて。 どんなドレスなのだろうとワクワクして。 そのデザイン画を、自分が誰よりも早く見られることによろこびを感じた。「こっち来て?」 宮田さんがいつもの黒いソファーとガラステーブルではなく、奥にある仕事用のデスクのほうへ手招きする。 デスクの周りにいろんなものが乱雑に置かれているそこの椅子へ、ドカっと腰をおろした彼の隣に私は所在なさげにそっと立った。 そして彼はデスクの左側の一番下の引き出しから一枚の紙を取り出して、私にサッと手渡す。「これなんだけど」 見せられたその紙には、最上梨子らしい綺麗なドレスのデザイン画があった。 パステルで軽く色づけまでされている。「これって、例の水泡のイメージですか?」 「うん、そう」 青ではなく、綺麗な水色をベースに水泡のイメージを白のレースで形作られているデザインだ。「どうかな?」 「素敵です。綺麗なドレスになりそう」 腰から下のスカート部分が流れるように滑らかなラインで、特に綺麗。 正直にそう思ったから答えたのだけど、産みの親である宮田さんはなぜか苦笑いだ。「朝日奈さん、これに点数つけるなら何点?」 突如そんな質問が飛んできたから答えに困ってそこで会話が途切れた。 いきなり点数をつけろと言われても……。 ……90点くらい? それじゃあ、あと10点何が足りない? と聞かれそうだ。「うん、わかった」 「え? なにがわかったんですか?」 私がそう尋ねても、彼は言葉を発せずいつも通りニコリと笑うだけだ。 机の上にあったペン立てから適当にペンを手に取り、あろうことかそのデザイン画の上から、乱暴に塗りつぶすようにしてグリグリとペンを走らせた。「あーーーー!! 何してるんですか!」 それを見て、私がそう叫んだのは言うまでもない。「これ、気に入らなかったでしょ?」 私が点数を訊かれて、躊躇ったから? 間髪入れず、100点!って言っておけばよかったのかな。 あぁ、せっかく出来た素敵なデザインだったのに……もうボツなのかな。「いえ、このデザイン素敵ですよ」 「ウソ。気をつかわなくていいよ。僕はこれは60点」 「へ?」 「たとえ
「えっと……あとは髪とメイクかな」 つかつかと歩み寄ってきて、なにをするのかと思えば長い腕を私の後頭部に回し、私が後ろで一纏めにしていた髪留めをスルリとはずしてしまった。 私の長い髪が突然自由になって、頬に自分の髪が当たる。「……髪、当日は緩く巻こう」 そう言って全体を見ながらも、下から少し持ち上げるように髪を触られると、変に意識してしまってドキドキする。「仕事でよくお世話になってる美容師さんに予約を入れとくから。当日その人の美容室で綺麗にしてもらおっか」 もちろん僕もついていくよ、なんてニッコリ笑顔で言われたら、こちらももううなずくしかできない。 やっぱりこの人は、この道のプロで。 仕事の関係上、美容師さんやショップのあちこちに知り合いや友達がいて。 ちゃんと、デザイナーなのだと痛感させられた。 しかも私が大好きな、最上梨子だ ―――「あの…いろいろありがとうございます。では私、着替えてきますね」 試着を終え、再び元着ていたスーツに着替えようと宮田さんに背を向けたとき、そっと手首を掴まれた。「ちょっと待って」 まだ、何かあるのだろうか? ドレスに装飾品、バッグ、靴、ヘアスタイル……あと何が残ってる? 考え込む私をよそに、次の瞬間、彼の口から驚く言葉が言い放たれた。「せっかくだから、もうちょっとその格好でいたら?」 「……は?」 なにを言ってるんだろう?と、自然と私の眉根が寄る。「いや、あの……仕事の話をこれからしようと思ってましたので着替えます」 咄嗟にそうは言ったが、例え仕事の話がなかったとしても、私がこのドレス姿でしばらくすごす意味がわからない。 普通は着替えるに決まっているのに。 やっぱり、この人の考えていることはわからない。 もし頭の中を開けて見ることができるのなら、その思考回路が正常かどうか確認したい。「仕事の話は、その格好でも出来るでしょ」 「え?!」 「じゃ、行こう!」 「わっ!」 反論する暇もなく宮田さんが私の手を引いて入り口のドアを開け、隣のアトリエ部屋へと強引に移動する。 今回は近い距離だったけれど、再び引きずられて歩く形になった。 だから……そうやって勝手に手を引っ張っていくのはやめていただきたい。「私、さっきの部屋にバッグを置いてきちゃいましたよ!」
「どういう意味ですか?」 「だって……このドレスもネックレスも、朝日奈さんしか着ないし付けない。ほかの人間は誰であっても、これを身につけるのは僕が許さないから」 もう恒例のごとく、やっぱり会話はかみ合わない。 なんと言葉を返していいものかと、一瞬間があいた。「だから預かっといてあげる。ここに置いといて、朝日奈さんの気が向いたときに着ればいいから」 そう言われても、私みたいな一般人がドレスを着る機会なんて滅多にない。 そんな考えが頭に浮かんだものの実際に言葉にするのはやめておいた。 さすがにそこまで言うと、かわいげがない気がして。「バッグはこれかな。あ、それは僕のデザインじゃないけど」 宮田さんが今度はバッグをおもむろに選んで、ポンと私に手渡す。 ラインストーンのついた、アイボリーのクラッチバッグだ。「足は何センチ?」 「二十三センチ……です」 「あー、さすがに靴はサイズが合わないな」 しゃがんで靴の置いてある棚を物色しながら、残念そうに宮田さんがつぶやいた。 棚の靴はディスプレイ用なのか、全部新品みたいだ。 なんでもいいのなら、二十三センチの靴はありそうだけれど。 このドレスに合うもので、と彼が見当をつけた靴は、どうやらサイズが違っていたようだ。「靴は用意しておくよ」 用意しておくって……「どこかで購入するんですか?」 「うん」 「それなら私が買いに行きますから」 「それはダメだよ。僕が選ぶ」 そう即答された上、絶対にそれは譲らないという決意のようなものが伝わってきた。 たしかに、宮田さん……いや、最上梨子に選んでもらったほうがドレスにピッタリの靴を探し出してくれると思う。「じゃあ、後で代金を請求してください」 「朝日奈さんに? それもダメ。心配しなくても友達の店に頼むから、普通より割り引いてもらえるし」 いくら友達のお店で買うと言っても、代金は少なからず発生するのだ。 さすがにそこまでしてもらうのは、申し訳がなさすぎる。 ドレスやネックレスやバッグを貸してもらうだけで十分感謝しているのに、さらに私のために靴を買うだなんてとんでもない。「ダメですよ。それはさすがに悪いですから!」 手をブンブンと横に振りながら、慌ててそれを止めようとした。「好きな女の子に靴をプレゼントするだけ。な
急にくるりと身体を反転させられたと思えば、後ろから宮田さんの長い腕が伸びてきた。 煌びやかなネックレスが、鎖骨あたりにひんやりと当たる。 チェーンの部分にまでところどころダイヤがあしらわれていて、螺旋のデザインにしてあるため、すごく全体的に重厚感がある。 中央の胸元部分はさらに豪華に二連にしてあり、まるでお姫様がつけるネックレスみたいだ。 金具を首の後ろで留めてくれた宮田さんが、再び私の身体を反転させて正面から見つめた。「朝日奈さんの肌に、よく合ってるね」 私に合ってるかどうかは自分ではわからないけれど。 傍にあった鏡を見ると、ドレスとネックレスが見事にマッチしていた。 ドレスだけだと胸元が寂しい感じだったが、このネックレスをつけると相乗効果でどちらも輝きが増した気がするから不思議だ。 やっぱりこのセンス ――― 最上梨子は天才だな、なんて思うと、自然と頬が綻んで笑顔になった。「気に入ったなら、そのネックレス、あげるよ」 「え?! こんな高いものは貰えません」 なにを仰ってるんですか。 プラチナとダイヤで出来ているネックレスを、そんなに簡単にもらえないです。 しかもダイヤ、いくつ付いてると思ってるんですか!「それ、ダイヤが全部小粒だから、そんなに高くないよ」 「いや、でもダメです。絶対もらえません!」 私がそう言うと、宮田さんは残念そうに肩を落とした。「もしかして気に入らなかった? だとしたら、それも僕がデザインしたからちょっとショックだな」 「えぇ?! これもですか?」 着けているネックレスにそっと触れ、驚きながら鏡に映るそれを凝視する。「そう。遊びで作ったものだけど」 「遊び?」 「うん。昔、ジュエリーのデザインもしてみないかって話があったとき、試しに作ってみたんだ」 あらためて……この人はすごいんだと認識した。 今まで、わけのわからないことを言われたからといって、足蹴にしたりしてごめんなさいと心の中で懺悔する。 彼は今、『遊びで作った』って言った。だから全然本気を出していないってことだ。「オファーされたものとはイメージが違ったんだけど、僕はこのデザインが気に入ってね。実物を1つでいいから作っときたかったんだ」 たしかにこれは、デザイン画のまま埋もれさせてしまうのは、もったいない気